公益財団法人 日本漢字能力検定協会

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漢検漢字文化研究奨励賞

2022年度(第17回)受賞者発表・講評・論文

2022年度 漢検漢字文化研究奨励賞 受賞者

各賞受賞者(敬称略)論文タイトル講評
最優秀賞 該当無し
優秀賞 Anna Sharko
(シャルコ・アンナ)
オックスフォード大学
アジア中東学部
研究助手・非常勤講師
言語学・日本語学における文字論 -漢字の位置づけ・分析の問題-
pdf論文PDF(8.52MB)
講評
佳作 ALBEKER András Zsigmond
(アルベケル・アンドラーシ・ジグモンド)
東海学院大学
人間関係学部子ども発達学科
非常勤講師
明治期の速記術に取り入れられた漢字と乎古止点
pdf論文PDF(5.27MB)
講評
佳作 吴 修喆
(ゴ シュウテツ)
独立行政法人国立文化財機構
奈良文化財研究所
アソシエイトフェロー
平城宮跡出土組み合わせ文字の水脈をたどる
pdf論文PDF(8.61MB)
講評
佳作 仲村 康太郎
(ナカムラ コウタロウ)
京都大学大学院
文学研究科
博士後期課程1年
曹仁虎『転注古義考』と毘沙門堂蔵『篆隷文体』
pdf論文PDF(13.5MB)
講評
佳作 楊 慧京
(ヨウ ケイキョウ)
京都大学大学院
人間・環境学研究科
博士後期課程4年
貝原益軒『千字類合』の字体規範
pdf論文PDF(7.26MB)
講評

講 評

公益財団法人 日本漢字能力検定協会 漢字文化研究所所長
京都大学名誉教授
阿辻 哲次

 令和4年度漢検漢字文化研究奨励賞は厳正な審査の結果、以下の通り受賞者が決定した。受賞された方々に対して心よりお祝いを申しあげる。
 この事業は、(公財)日本漢字能力検定協会が主催する事業のひとつとして、わが国の文化に深くかかわる漢字と日本語(国語)に関するすぐれた研究または評論・教育方法の開発などを顕彰し、研鑽をたたえ、その成果を世に広めるための制度として平成18年にはじまったもので、今回は第17回目となる。
 これまでの17回に及ぶ事業を通じて各賞を受賞された方はすでに50名を越え、そのほとんどの方々がいま全国各地の大学や研究組織で、すぐれた研究活動を積極的に展開しておられる。そしてこの事業が、年を追ってますます若い研究者を中心に広く認知されていることは、関係者一同がひとしく喜びとするところである。
 今回は合計8本の投稿があった。投稿の本数から見れば例年より少し少ないのが残念と言えば残念だが、しかしその内容はこれまでにないほど高い水準を備えた、力作揃いであった。その中で遺憾ながら受賞の対象とならなかった論考もあるが、それは内容的には高度な学術的達成を有する興味深い研究でありながら、所論のテーマが「漢字研究」という領域よりはむしろ他の学問的類型に分類されるもので、「漢字研究・漢字に関わる日本語研究・漢字教育研究など」と例示する本事業の範疇内に包括しえないという理由から、選考の対象にならなかったものである。
 新型コロナウイルスによる疾病蔓延は、いまも研究活動に大きな制約を与え続けている。日常的行動は徐々に制約から解放されつつあり、大学における研究や講義もゆっくりとかつての状態に戻りつつはあるものの、しかし相手がウイルスという人智を超越した存在であるだけに予断を許さず、いつまた対面形式での講義や討論が難しくなったり、図書館での資料の閲覧や貸出が困難になるやも知れない。だがこのようにコロナ禍の制約が続き、研究活動の円滑な進展が危惧される状況の中でも、この事業に若い世代から熱意あふれる研究業績が届けられることに心から敬意を表したい。
 以前にも書いたことだが、本事業は大学院在籍中の院生や若手教員など、これからの漢字研究を牽引していく世代の研究を顕彰することを目的としてはじまったものである。それが回を重ねるにつれて、すでに大学において教授職にある研究者からも投稿が寄せられるようになった。規定に合致していればそれももちろん歓迎されるが、本来の趣旨から、若い世代からのフレッシュで独創的な研究が一篇でも多く投稿されることを期待して、今年度の講評の結びとしたい。


優秀賞 Anna Sharko(シャルコ・アンナ)
「言語学・日本語学における文字論 -漢字の位置づけ・分析の問題-」

 本論文は、各国で進められてきた種々の文字研究に対して広くかつ周到に目配りし、文字論などの分野で漢字に対してなされてきた分析と位置付けに関して詳細に検討しており、オリジナルの観点が随処に看取される研究と高く評価される。
 漢字をめぐって近年に言語学的視野から発信される数多くの国内外で研究を精密に分析し、その分類方法に対して不備や課題を見出し、漢字の分析モデルを「基本性質レベル」「言語単位レベル」「造字レベル」「運用レベル」「メタレベル」と提示し、表意・表音というしばしば唱えられてきた単純な分類に収まらない「表音的表記における漢字の表意性」に対する定位を試みている。
 外国の固有名詞や外来語などの表記に対する漢字の表意的要素について、言語単位、本来的な字義・用法、現実の言語運用場面、メタレベルなどと階層を分けた理論的フレームワークを構築しており、漢字表記の持つコノテーションに対する研究を今後一層開拓していくものと考えられる。

(阿辻 哲次)

佳作 ALBEKER András Zsigmond(アルベケル・アンドラーシ・ジグモンド)
「明治期の速記術に取り入れられた漢字と乎古止点」

 乎古止(ヲコト)点とは、漢文を訓読する際にその読み方を示すために漢字の字面の上に記入した符号で、点の形状や位置によって異なった語や音を表す。日本では早くに南都僧の間で用いられ、やがて平安時代に天台宗、真言宗の僧侶、さらには大学寮の博士にも浸透して大いに発達した。これまで、乎古止点についての研究は最も盛行した平安時代及び衰微し始める鎌倉時代を中心に推進され、その研究成果は膨大な蓄積がある。しかし、明治期の速記術に乎古止点が採用されていたという事実については長らく等閑視されており、学界でもほとんど知られていない。本論文はまずこの事実に着目している点でユニークであると評価される。さらに本論文は、単に速記術における乎古止点使用の事実を紹介するのみならず、日本語の文字体系による速記術のさまざまな手法を整理し、これらを相対化しつつ漢字や乎古止点の意義を論じている点でも優れていると判断される。速記術には漢字の点画を利用したものがあり、そこには崩し字や略字の類を活用していた事実なども浮かび上がらせており、きらりと光る新知見が提示されている。
 依拠資料は入門書を中心にして論じているが、執筆者本人も自覚しているとおり、実際のノート類による実態調査が望まれる。本論文ではその展望も具体的に示されており、着実な研究の進展が期待される。 

(山本 真吾)

佳作 吴 修喆
「平城宮跡出土組み合わせ文字の水脈をたどる」

 「君・念・我」の組み合わせ文字が墨書された土師器について、それを反語と読む通説に対し、唐末五代に流通する長沙窯製品に見える文字資料や呪術に関する江戸時代の文献、さらには敦煌文書・大谷探検隊将来資料など幅広い調査から異なった見解を唱えた、意欲的な力作である。著者の視野はきわめてユニークで、刺激的であって、当該資料が遊び心を込めた隠語的な記号なのか、あるいは世俗的な象徴性をもつ文様であるかなどについては明確でないが、今後の発掘と発見がふえれば、提起された見解の一層の深化が期待される。

(阿辻 哲次)

佳作 仲村 康太郎
「曹仁虎『転注古義考』と毘沙門堂蔵『篆隷文体』」

 かつて「小学」の中でもっとも議論が集中した六書は近年では論じられることも少ないが、本稿はいまだに定説のない「転注」に対して独自の視点で取り組んだ、意欲的な研究である。考察の中心に据えた曹仁虎は、過去の転注説を網羅的に列挙した事績を評価されるが、その転注説にスポットをあてた研究はほとんどなく、周到な著者の考察は非常に貴重である。ただ曹氏の所論には転注を仮借との対比で考える視野が欠落しており、さらに造字法なのか用字法なのかの吟味もされていない。また本稿後半では、これまで黙殺されてきた「左回右轉」の字形的考察が議論の中心となり、そのルーツを『篆隷文体』の記述に求めるのはきわめてユニークな考察だが、『篆隷文体』に異なった系統の写本が存在したとの仮説は、写本の制作と伝承に関する伝統的なあり方に照らせば、相当に大胆な推測と言わざるを得ない。
 他にもさらに検討を要する個所もあるが、資料の扱いはこなれており、前人未発のユニークな見解も随所に看取される。20台半ばという若さでのこの研究は瞠目すべきであり、今後の研究の進展が大いに期待される。

(阿辻 哲次)

佳作 楊 慧京
「貝原益軒『千字類合』の字体規範」

 1687(元禄5)年に貝原益軒が幼年向けの識字教科書として編纂した『千字類合』は、15世紀から朝鮮半島で用いられた幼学書『類合』を元にしている。本研究では、旧本系統『類合』の現存最古本とされる大東急記念文庫本との間で字種や字体に差異を見出し、1516字のうち漢字の形態が異なるとする282字を対象に、日記や蔵書目録から益軒が参照したと考えた『字彙』や『説文解字』『字考』などと照合する。
 その調査結果をもとに、益軒が改編に際して書きやすい俗字を選ぶという実用的な文字観に基づく編集姿勢を取ったと結論づけており、朝鮮から伝来した教科書が日本において利用に供される際に、日朝における使用漢字の相違を意識し、日本社会に合わせてカスタマイズしようとする態度を指摘する点に重要な意義が認められる。
 この元禄期の前後の時代においては、『字彙』はこうした漢字教育書のみならず、本稿で触れる『異体字弁』のほか『俗字正誤鈔』などでも利用されており、それらにおいても日本の字種や字体の通俗性を採取する姿勢が看取される。今後、扱われている個々の字の出自や用法の調査と、近世社会における使用字体の位相と全体的な趨勢に関する捕捉を進めていくことで、一層の精緻化がなされることが期待される。

(笹原 宏之)

2022年度(第17回)実施概要

趣旨

 漢字研究、漢字に関わる日本語研究、漢字教育など、広く漢字文化に関わる分野における優れた学術的研究・調査等に対して、その功績をたたえ社会全体に広く公表していく制度です。
 将来一層発展することが有望視される、若い世代の清新な学究の優れた研究論文を選考し、更なる深化を奨励するため、懸賞論文形式の「漢検漢字文化研究奨励賞」を設定します。

対象

◆漢字研究または広く漢字に関わる日本語研究であること。

◆将来、一層の研究・調査の深化、発展が期待できる若い世代の研究(者)であること。

◆応募者本人が日本語で作成し、48,000字以下の分量であること。但し、図表、注、参考文献、引用文献は字数に含めない。

◆過去3年以内に公表した論文(※)も対象とする。但し、既に他で受賞した論文は対象外とする。

  • ※2019年4月1日以降に提出または刊行したもので、著書の場合は論文が元となっているものを対象とする。

選考委員

阿辻哲次  京都大学名誉教授、(公財)日本漢字能力検定協会 漢字文化研究所 所長

笹原宏之  早稲田大学社会科学総合学術院教授

山本真吾  東京女子大学現代教養学部教授   (五十音順/役職は2022年4月現在)

  • ※投稿論文によって各専門分野の研究者に選考を依頼することがある。

表彰

正  賞 ・・・・・・・・・・・ 表彰状

副  賞 ・・・・・・・・・・・ 奨励金

  1. 漢検漢字文化研究奨励賞 最優秀賞 100万円
  2. 漢検漢字文化研究奨励賞 優 秀 賞  50万円
  3. 漢検漢字文化研究奨励賞 佳   作  30万円

※但し、該当なしの場合もある。

※最優秀賞の副賞については所得税法に従い、所得税等の源泉徴収額を差し引いた上で支払う。

授賞式  2023年3月下旬予定(詳細は後日案内)

応募について

  1. 応募条件
    ・応募締切日時点での満年齢が45歳未満であること。
    ・共同執筆の場合は、応募締切日時点ですべての執筆者の満年齢が45歳未満であること。
    ・共同執筆の場合は、それぞれの執筆分担を論文中に明記すること。
    ・投稿は一年次につき一篇とします。ただし特別の理由がある場合は、事情を斟酌することがあります。
    ・過去に本賞に応募した投稿論文にほとんど修正を施さずに再応募したものは審査対象になりません。
     ただし、本賞の趣旨に沿うように精査し大幅な加筆修正を加えたものは、この限りではありません。
  2. 応募方法
    以下の3点を揃え、応募締切日までに郵便または宅配、もしくはEメールに添付して提出してください。
    1. excel『応募用紙』(当協会所定のもの/331KB)

      ※共同執筆の場合は、執筆代表者のみ当協会所定のものを提出してください。
      他の執筆者は、共同執筆者用応募用紙に記入し提出してください。

    2. excel『応募論文の概要』(当協会所定のもの/47KB)
    3. 『応募論文』
      応募論文は次のいずれかの形式でご提出ください。
      1. ワープロ等で作成し、印刷出力したもの(他誌掲載論文の抜刷やコピーは不可)
      2. ワード・一太郎仕様のデータUSBまたはCD-ROM
      3. ワード・一太郎仕様のデータまたはPDF(Eメール添付の場合)

      ※『応募用紙』、『応募論文の概要』は、当協会ホームページ(http://www.kanken.or.jp/)からダウンロードするか、電話もしくはFAXにてお問い合わせください。

      ※応募書類一式は返却しませんので、あらかじめコピーをお取りの上、ご提出ください。

      ※Eメール添付の場合、レイアウトの保持・表示・印刷が可能なファイルフォーマットに変換した上で提出してください。

      ※応募論文の末尾に、図表、注、参考文献、引用文献を除いた本文の文字数を明記してください。

  3. 応募締切日
    2022年10月31日(月)(協会必着)

選考と結果通知

◆「漢検漢字文化研究奨励賞」選考委員会による選考を行います。
 結果通知…2022年12月下旬

◆受賞論文は当協会刊『漢字文化研究』に掲載するほか、当協会のホームページや機関誌、書籍等、当協会が適当と認めた媒体で発表します。

◆選考結果は封書にて連絡いたします(共同執筆の場合は執筆代表者へ送付)。

応募先・問い合わせ先

〒605-0074 京都市東山区祇園町南側551番地
公益財団法人 日本漢字能力検定協会「漢検漢字文化研究奨励賞」係
TEL:0120-509-315 月~金 9:00~17:00(祝日・お盆・年末年始を除く)
Eメール:kbk(at)kanken.or.jp  ※(at)は@に置き換えてください。

●個人情報に関する注意事項●

  • 記入して頂いた個人情報は、「漢検漢字文化研究奨励賞」に関わる業務にのみ使用します。
    (ただし、本件に関わる業務に際し、業務提携会社に作業を委託する場合があります。)
  • 個人情報の記入は任意ですが、必須項目に記入がない場合は申請の受理ができないこともございますので、
    ご注意ください。
  • 個人情報に関する開示、訂正等のお問い合わせは、下記の窓口へお願いします。
    公益財団法人 日本漢字能力検定協会 個人情報保護責任者 事務局長
    個人情報相談窓口 https://www.kanken.or.jp/privacy/

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