漢検漢字文化研究奨励賞
平成22年度(第5回)受賞者発表・講評・論文
平成22年度 漢検漢字文化研究奨励賞 受賞者
各賞 | 受賞者(敬称略) | 論文タイトル | |
---|---|---|---|
最優秀賞 | 該当無し | ||
優秀賞 | 野原 将揮 | 早稲田大学大学院 文学研究科 博士後期課程2年 |
「好」の字音とその単語家族 ~上古音研究と戦国楚地出土資料から~ 論文PDF(4.1MB) |
優秀賞 | 山下 真里 | 東北大学大学院 文学研究科 博士前期課程1年 |
「広」の字体について -略字体の出現時期とその要因- 論文PDF(24.5MB) |
佳作 | 李芝賢 | 愛知淑徳大学 非常勤講師 |
漢字「便」における字音と意味の関係の形成 |
佳作 | ナザロワ・エカテリナ | 京都大学大学院 人間・環境学研究科 博士後期課程1年 |
外国人を対象とする日本文字学習の枠内で書道教育の導入、指導方法とその特徴について 論文PDF(3.8MB) |
佳作 | 鳩野 恵介 | 関西大学 文学部 非常勤講師 |
「字体」再考 論文PDF(845KB) |
講 評
京都大学大学院人間・環境学研究科教授
財団法人 日本漢字能力検定協会 評議員
阿辻哲次
平成22年度漢検漢字文化研究奨励賞は、厳正な審査の結果、受賞者が決定した。昨年の研究奨励賞が受賞該当者なしであっただけに、今回の結果はまことに喜ばしい。受賞された方々に対して心よりお祝いを申しあげたい。
この事業は、(財)日本漢字能力検定協会が主催する事業の一つとして、わが国の文化の根幹に深くかかわる漢字と日本語(国語)をめぐる研究など、漢字に関わる分野におけるすぐれた学術的研究・調査等に対して、研究者の功績をたたえ、その成果を社会全体に広く公表するために始まったもので、今回は第5回目にあたる。
より多くの優れた研究を奨励すべく、今回から「漢検漢字文化研究奨励賞」と賞の名称を変更し、幅広く漢字文化に関する研究を奨励することとした。さらに、過去3年以内に公表した論文で、他で受賞していないものについても奨励対象とし、応募者の負担を軽減した。かつては投稿論文がきわめて少ないために締め切りを延長せざるをえなかったという苦い経験もあったが、しかるべき時間と労力をかけて情宣活動を展開し、大学や高等研究機関などへのポスター掲示などにも力を入れた努力が結実して、今回は17点もの論考が寄せられた。いずれも力作ばかりで、選考にあたった委員全員が研究における水準の高さを実感した。
今回の論考はほとんどのものが学術的に一定の水準に達していると認定されたが、ただ「きわめて高度な学術的達成を示すもの」と認められるものがなく、最優秀賞に該当するものがなかったことがまことに遺憾である。
本賞は45歳未満という若い世代におけるさまざまな研究や活動を表彰するものであり、とくに今回は種々の現場で生涯教育の一環として漢字教育にあたる方々や、日本の大学院などに所属して高度な研究に邁進する外国人留学生から多くのすぐれた論考が寄せられた。このことは、今後の日本における漢字文化の明るい未来を示しており、ひいては協会による論文顕彰の事業が、これからも斯界の研究の発展に大きく寄与することを示唆するといえるだろう。
投稿論文の中には、ユニークな研究テーマに挑みつつも、これまでの学説整理に不十分さを感じさせるものや、研究歴の浅さに起因する分析の未熟さを感じさせるもの、あるいは対象とする漢字文化とはいささかかけはなれた領域に属するがゆえに審査の対象とはならなかったものも若干含まれていたが、それらについても、今後いっそうの研究の深化をきわめ、将来のより大きな完成を期待することとした。
ようやく定着しはじめたと見受けられるこの事業が、大学などの機関における研究者のみならず、これまで検定試験を通じて漢字を学習してきた方々のあいだに広く認知され、これまでの学習という姿勢から、さらに研究という方向へ、漢字とのつきあいが深まっていくきっかけとなることを、審査にあたったものの一人としてあらためて切望するしだいである。
優秀賞 野原将揮
「『好』の字音とその単語家族~上古音研究と戦国楚地出土資料から~」
生僻字「[(左)丑(右)子]」・「[(左)丑(右)女]」は、『古文尚書』・『説文解字』・『玉篇』等の伝世文献のみならず、戦国楚地出土資料にも見られる。当該論文はこの二字が「好」字の異体字であり、「丑」声の形声文字であることを論証したものである。「漢」(暁母h)・「難」(泥母n)・「攤」(透母th)という共通の声符をもつ三字によって、暁母・泥母・透母の諧声関係を説き、さらに『上海博物館蔵戦国楚竹書』の楚簡に「漢水」の「漢」を意味する「[(上)難(下)水]」という字によって、暁母と泥母が諧声関係であることを確認している。近年の出土資料を活用して成果を挙げた斬新な小学研究として高く評価できる。
(森 博達)
※[(左)丑(右)子]、[(左)丑(右)女]、[(上)難(下)水]は、ホームページ上では表示できない漢字のため、構成を表しております。
優秀賞 山下真里
「『広』の字体について ―略字体の出現時期とその要因―」
本研究は、「廣」から「広」へという近代の日本で独自に起こった字体変化に着目し、文献調査にとどまらず、鉱山を巡るフィールドワークの労も厭わず、これまで資料とされることが稀であった肉筆の文書を含めた種々の原典まで根気よく調べた成果である。コーパスの限界を超え、字体の歴史の新たな事実と、地域差や位相差の可能性を見出し、その背景に日本の近代化があることにも考察を巡らせている。細部ではさらなる調査と検討を要する面もあるが、種々の現象をよく観察、整理して字体誌を記述したことなど、ここまでの蓄積は意義深く、今後の研究での広がりも期待される。修士1年にして日本の漢字という沃野において達成した調査研究として高く評価するものである。
(笹原 宏之)
佳作 李芝賢
「漢字[便]における字音と意味の関係の形成」
本論文は、現代日本語における漢字「便」が、ビンとベンの二つの字音を持ち、前者が〈通信手段〉に、後者が〈都合がよい〉の意味に結びつきやすい現象に注目して、そのような関係が形成された歴史的要因を具体的に考証している。明治期の郵便の新制度の確立・普及によって、通信・運輸分野の造語が増えた結果、〈通信手段〉の意にビンが結びつくようになり、ベンはもう一方の〈都合がよい〉の意味に傾いてゆく過程を実証的に解明している。その論証過程は緻密で堅実であり、完成度の高い論文であると認められる。今後は、さらに類似の例を発掘して、複数の字音がどのような意味と対応を見せ、そのような関係がどのような歴史的経緯を辿って形成されてきたのかという課題について、文化史的観点も加味しながら、いっそう幅広い検討を期待したい。
(山本真吾)
佳作 ナザロワ・エカテリナ
「外国人を対象とする日本文字学習の枠内で書道教育の導入、指導方法とその特徴について」
日本語の表記には漢字と平仮名・カタカナをまじえて使うため、とくに日本語を学ぶ外国人にはきわめて複雑に感じられ、なかには「漢字アレルギー」におちいってしまうことも珍しくない。その問題を克服することが外国人に対する日本語教育の大きな課題であるが、しかしそのための有効な手段と理論がこれまでそれほど講じられてこなかった。
著者は日本語を学習する外国人に対して仮名と漢字を書道文化を通じて教えるという試行に挑んだ。その具体的な方法と成果は本論文に詳述されている通りであって、言語と文字を学習する初歩段階に書道教育を導入し、ひらがなとカタカナの字母となった漢字とその成り立ちに興味を持たせることによって、著者の意欲的な試行は実践を通じて大きな成果をあげた。
外国人に漢字を教える際に書物と板書などによる解説ではなく、本格的な書道を体験させて、日本ならではの独特な文字文化に親しませる、というメソッドのユニークさが高く評価された。
(阿辻 哲次)
佳作 鳩野恵介
「『字体』再考」
漢字の認識や研究の基礎となる用語である「字体」は、形態に関する重要な概念をもつ術語でありながら、時代、国や研究者ごとに大小の揺れをかかえて用いられており、理解や議論の進展を妨げることも生じていた。本研究は、この字体について、現在だけでなく過去に遡り、日本・中国の種々の文献を広く見渡し、その内実を明らかにしながら整理し、考え方を堅実にまとめ、「標準字形」と呼ぶもの、異体字の位置付けにも考察を及ぼしている。個々の議論に関しては、さらに付け加えたほうがよい言説もあろうし、歴史的な事象についてはなお検討を要する面もあるが、捉えにくい字体について見通し、位置付けを行った本研究は、受賞に値する意義深い調査研究と評価するものである。
(笹原 宏之)
平成22年度 実施概要
趣旨 [平成22年度より変更]
漢字研究、漢字に関わる日本語研究、漢字教育など、広く漢字文化に関わる分野における優れた学術的研究・調査等に対して、その功績をたたえ社会全体に広く公表していく制度です。
将来一層発展することが有望視される、若い世代の清新な学究の優れた研究論文を選考し、更なる深化を奨励するため、懸賞論文形式の「漢検漢字文化研究奨励賞」を設定します。
※平成22年度より、賞のタイトルと奨励対象を変更し、幅広く漢字に関する研究を奨励いたします。
奨励対象 [平成22年度より変更]
(変更箇所は__線部)
◆漢字研究または漢字に関わる日本語研究。
※漢字に関わる研究を広く対象とする。
◆将来、一層の研究、調査の深化、発展が期待できる若い世代の研究(者)であること。
◆応募者本人が日本語で作成し、48,000字以下の分量であること。
◆既に他に公表した論文(過去3年以内)も対象とする
- ※平成19年4月1日以降に提出または刊行した著書を対象とする。
- ※著書は、論文が元になったものを対象とする。
- ※他で受賞した論文は対象外とする。
選考委員
阿辻哲次 京都大学大学院人間・環境学研究科教授
笹原宏之 早稲田大学社会科学総合学術院教授
森 博達 京都産業大学外国語学部中国語学科教授
山本真吾 白百合女子大学文学部国語国文学科教授 (五十音順)
表彰
正 賞・・・・・・・・・・・表彰状授与
副 賞・・・・・・・・・・・奨励金支給
- 漢検漢字文化研究奨励賞 最優秀賞 100万円
- 漢検漢字文化研究奨励賞 優 秀 賞 50万円
- 漢検漢字文化研究奨励賞 佳 作 30万円
※但し、該当なしの場合もある。
授賞式 平成23年3月下旬(詳細は後日案内)
応募について
- 応募資格・条件
応募締切日現在で45歳未満である方。
共同執筆の場合は、すべての執筆者が45歳未満であること。
共同執筆の場合は、それぞれの執筆分担を論文中に明記すること。
※主として、学校等教育・研究機関の教員、研究者、大学院在籍者、教育委員会等の教育行政に携わっている方を想定しております。
- 応募方法(自由応募)
- 応募締切日
平成22年10月31日(消印有効)
選考と結果通知
◆当協会選考委員会による選考。
結果通知...平成22年12月下旬
◆当選作は当協会刊『漢字文化研究』(旧『漢字教育研究』)に掲載するとともに、当協会ホームページで公表します。
◆選考結果は封書にて連絡。
応募先および問い合わせ先
〒600-8585 京都市下京区烏丸通松原下る五条烏丸町398
財団法人 日本漢字能力検定協会『漢検漢字文化研究奨励賞』係
TEL 0120-509-315(無料) FAX 075-352-8310
事業・活動情報
- 普及啓発・教育支援活動
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調査・研究活動
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漢検漢字文化研究奨励賞
- 2024年度(第19回) 実施概要
- 2023年度(第18回)受賞者発表・講評・論文
- 2022年度(第17回)受賞者発表・講評・論文
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- 平成22年度(第5回)受賞者発表・講評・論文
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- 平成20年度(第3回)受賞者発表・講評・論文
- 平成19年度(第2回)受賞者発表・講評・論文
- 平成18年度(第1回)受賞者発表・講評・論文
- 漢字・日本語教育研究助成制度
- 京都大学×漢検 研究プロジェクト
-
漢検漢字文化研究奨励賞
- 日本語能力育成活動