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基礎学力を考える 企業トップインタビュー

昭和電工株式会社

大橋 光夫 氏

取締役会長 大橋 光夫 氏

1936年生まれ。1959年慶應義塾大学経済学部卒業後、株式会社三井銀行に入行。1961年昭和電工株式会社に入社。石油化学管理部長、総合企画部長 等を歴任後、1997年に社長就任 2005年より現職。主な社外役職は、株式会社みずほフィナンシャルグループ取締役、株式会社日立製作所取締役、中外製薬株式会社取締役、富国生命保検相互会社監査役を務める。また現在、日本経済団体連合会において、評議員会副議長、税制委員会共同委員長、政治対策委員会委員長等、政府税制調査会において、特別委員等を務めている。

1.「基礎学力」とは「人格の基礎」

 「基礎学力」については、様々な定義や考え方があると思います。「読み・書き・計算」については当然含まれるでしょうが、それ以外に挙げられる要素は、人それぞれに異なるのではないかと思います。
 「基礎学力」を「仕事と生活を通じて社会に貢献していくための基礎」と広義に捉えた場合、それは即ち「人格の基礎」と言い換えることができると思います。「人格の基礎」がしっかりと身についている人は、社会に出てからも他人からの信頼と協力をかちえ、社会に貢献していけるからです。どんなに個人的に優秀な能力の持ち主であっても、一人でできることは知れています。

 「人格の基礎」の構成要素も多岐に渡りますが、第一の大切な要素は、「歴史観」です。過去の各々の時代に対する認識と、その時代を背景とした人間の発想と行動を知って、初めて未来を創造する力が湧いてくると私は思います。人類が歩んできた足跡を知ることは、自分自身の生き方、社会のあり方を考える上でのベースとなります。「温故知新の思考力」と言っても良いかもしれません。
 二番目に大切な要素は、「弱者への思いやり」です。互いに支え合い、与え合うという精神で社会生活を送ったり、自然や生き物を大切にするという、人間としての基本行動が取れるかどうかということです。この「思いやり」は、厳しい競争を勝ち抜くためにしのぎを削りあうビジネス社会の中でこそ、実は必要不可欠な素養であると考えています。
 最後に、そして最も大切なのは「想像力」であると私は考えます。前述の二つの要素が備わった上で身につくものですが、これが欠けてしまうと、どのような分野においても時代を切り拓く指導力を発揮することはできません。

2.「人格の基礎」を鍛えるには

 先述した「人格の基礎」を構成する3つの要素を鍛えるには、次の方法が最も好ましいと考えます。
 「想像力」を鍛えるには、何をおいても読書であると考えます。幼稚園から高校くらいまでの間に読んだ本の質・量によって、その人の人生は大きく変わってくると私は思います。
 人は読書を通じて多くの漢字や語彙を覚えます。特に漢字という表意文字は一つひとつの文字に意味があり、それを数多く覚えることで「想像力」が鍛えられます。読書という行為は、「想像力」を駆使して、自分独自の世界を頭の中に構築していくプロセスです。そのプロセスを通じて、自分独自の価値観や物の見方が形成され、それによって人や社会に対する自らの考え方、思想が構築されてくるのです。
 また、文章の行間を感じ取ることで、「想像力」だけでなく、人として大切な「感性」も養うことができます。「漫画を読んではいけない」とは言いませんが、画像イメージが先に目に焼きついてしまうので、想像力を磨くためには妨げになってしまう可能性があります。吸収力の高い幼少期には、なるべく多くの本を読んで、「想像力」と「感性」を磨いてほしいと思います。

 「歴史観」を持つためには、歴史小説の読書が必要だと思います。およそ4000年にわたって人類が歩んできた歴史を紐解けば、その時代の背景を学び、人々は何故そのように生きてきたかが判ります。世代から世代へと紡いできた歴史には、私たち現代人がいかに生きるべきかのヒントが数多く隠されています。人は過去を知って初めて、これから向かうべき方向を導き出すことができるのです。未来は予測するものではなく、創造するものです。会社経営において求められる先見性も、根拠なき直感に頼ることはできないのです。
 歴史小説を読む時の大切なポイントは、複眼的あるいは批判的に読むことを心がけることです。「勝てば官軍、負ければ賊軍」という言葉からも解るように、歴史に関する書物は、常にある一定の立ち位置から一定の視点で書かれています。作者の主観や解釈によって、伝えられる中身が大きく異なってくるのです。同じ時代や事象について書かれた本を、複数読み比べてみることが有効でしょう。

 「弱者への思いやり」を鍛えるのも、やはり読書です。生命の脆さや儚さを感じ取れるような本を、幼少期から読ませることです。例えば、『イソップ物語』や『グリム童話』等の童話や、『ファーブル昆虫記』といった書物からも学ぶことができるでしょう。逆に、多数の殺戮をテーマとしたテレビゲームなどは、健全な社会の構築に百害あって一利なしのものだと思います。

 このように、「人格の基礎」を陶冶するためには、読書が非常に重要になります。そして、大切な語彙・漢字の活用力は読書を続けることによって自ずと向上する筈です。そして、前述したように行間を感じ取れるレベルまで鍛えあげられれば、しめたものです。少なくとも常用漢字については、なるべく早い段階で体得しておくと良いと思います。

3.リーダーに問われる「高い基礎学力」

大橋 光夫 氏 政治家や経営者をはじめとするリーダーたちには、「品格」が求められます。今でこそ「品格」という言葉はもてはやされているようですが、私は以前から、「会社の品格」の重要性を訴え続けてきました。今日「品格」が叫ばれるのは、現代の社会に品格が欠けている事象が余りに多いからに他なりません。競争社会においては、つい目先の利益を追求しがちです。しかし、倫理に反してまでそれを追い求めれば、会社は一瞬にして信頼を失い、長期的な低迷を招くでしょう。個人としても、他人を蹴落としてまで昇進しようとすれば、きっとどこかで躓くに違いありません。そして、この「品格」を支えるのが、「高い基礎学力」即ち「人格」であると考えます。

 確固たる歴史観・世界観を持った上で、想像力を働かせ、歴史を鑑みた上で、人類の未来に対する明るい希望と自信を持ちながら、「何をなぜ成すべきなのか」「何は成すべきではないのか」について意思決定し、一つ一つ実現することこそが、国や組織を率いるリーダーに求められることです。世の中には、絶対的な正解など存在しません。リーダーは、様々な視野視点から導き出される選択肢の中から、ひとつの考えを選ぶ必要があります。また、決定した以上は断固としてやり抜く気概が必要です。リーダーの軸がぶれてはいけません。高い「品格」と、それを支える「高い基礎学力」即ち「人格」が求められるのです。
 しかし、「高い基礎学力」が求められるのは、リーダーとなってからだけでなく、社会人として他人に接触する以上、若い人にとっても全く同じです。如何なる話し合いや交渉においても、相手から全人格を信頼してもらうことが最重要であるからです。明日と言わず今日から、それも終わりのない鍛錬を続けることを覚悟して下さい。
 領土も資源もなく、軍事大国への道も選ばない日本が、今後もアジアや世界の中で存在感を示していくためには、高い技術力と精神性が生命線になってくると思います。すなわち、「技術大国」であると同時に「精神大国」を目指す必要があります。高い精神性で世界の規範となり、世界各地の紛争を解決していく。そんな役割を日本は期待されていると私は思うのです。

4.リーダーは「天邪鬼(あまのじゃく)」であるべし

 カエサル、ナポレオン、織田信長など、社会のあり方そのものを変革させるような偉業を成し遂げた歴史上の人物に共通しているのは、他の人が決してやらなかったこと、他の人が絶対に考えつかないようなことを行っているということです。言うなれば、大衆が考えるのとは逆のことを実行しているのです。皆が「右」と言えば「左」と言い、「左」と言えば「右」と言う。まさに「天邪鬼(あまのじゃく)」です。
 人は往々にして多数派の空気に流され易く、大勢に乗って生きながらえようとする性向を持っているものです。ですが、大勢と同じことをして変革や革命を成し遂げられるはずもありません。リーダーには、自分が正しいと思ったら、強い使命感と説得力で、反対している人に「なるほどそうか」と納得させることが必要です。過去の歴史を振り返っても分かるように、多数派が必ずしも正しいとは限りません。改革の実行に際して最も重要な資質は、大勢に流されない信念と気概です。大勢に従うだけなら、そもそもリーダーなど必要ないのです。

5.子供は「社会からの預かりもの」

 子供は、親の所有物ではありません。我々が未来を委ねる「社会の宝」であり「社会からの預かりもの」であるという考え方が重要です。日本は少子高齢化が進み、多くの高齢者を少ない労働力が支える構造になっていきます。そうした世の中だからこそ、一人ひとりの子どもにきちんと「基礎学力」を身につけさせ、社会に貢献できる人間に育てる必要があります。その責務を背負っているのは、私たち大人に他なりません。
 両親や学校の先生方は、読書をすることや、自然や生き物を大切にすること、弱者をいたわること、互いを敬いあうことなどを、まずは自らが実践し、その後ろ姿を子供たちに見せていくことが肝要でしょう。惜しみない愛情を注がれた子供は、必ずや素直で心優しい思いやりのある子供に育つ筈です。全ての子どもが善良な国民として社会を生き抜いていくためにも、「基礎学力」を等しく身につけさせる必要があると考えます。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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