団体受検 取組事例(小・中・高 等)
高校
深い思考力と多様な表現力を育む漢字能力の必要性/高校/神奈川
関東 / 神奈川
[私立] 鎌倉女学院
国語科 石井 美咲 先生
1.国語科のビジョンと「基礎学力」の身につけさせ方
国語科では、現代文・古典文学を通して「的確な表現力をもった心豊かな人間を育成すること」を目標として掲げています。伝統文化の上に築き上げられた日本語の持つ美しさを豊かな心で感じとることができ、かつ「深い思考力」と「的確な表現力」を備えた人物の輩出を目指しています。
現代は非常に不安定な世の中です。有名な大学に進学すれば将来の安定した生活を約束されるとか、これを学んでおけば将来生活に困らないなどという事はありません。このような不安定な社会だからこそ、必要になってくるのは「深い思考力」(抽象思考力)、「的確な表現力」といった個人に備わった能力なのです。いわば、点数換算できない力。これを総じて「基礎学力」というのだと思います。
「基礎学力」を身につけるには、地道な訓練が必要となります。しかし、地道な訓練は生徒にとって楽しいものではありません。だからこそ、教師が責任を持って到達すべきレベルまできちんと指導しなければならないのです。「基礎学力」を身につけることは好き嫌いの問題ではありません。高校を卒業して専門領域に進むとしても、その専門性を積む土台となるのが「基礎学力」です。つまり、大学で何かを学ぶにも、仕事をするにも絶対に必要な力であると考えています。
2.「漢検」の取り組みと漢字指導
「深い思考力」と「的確な表現力」を養う観点から、特に漢字学習は重要です。本校では「漢検」に取り組む以前から、中学生の内に常用漢字をマスターするという目標のもと、伝統的に漢字学習に熱心に取り組んでいました。
しかし、直接的な大学入試対策に入る前段階にある高校1年生の漢字学習をどのように行うかが課題でした。本校の高校1年生の漢字学習のテーマは、単に常用漢字の読み書きができるようになることではなく、文脈の中で活用できる「語彙力」を向上させることです。
そこで、このテーマに基づき、且つ先述した課題を解決する学習コンテンツとして、平成13年に「漢検」を導入しました。「漢検」には高校1年生が2級(常用漢字を活用できるレベル)を目標に全員で取り組み、その年に殆どの生徒が2級に合格しています。また、合格できなかった生徒にも積極的に再挑戦を推奨し、必ず合格するように指導しています。
現在、行っている漢字指導は、常用漢字を一通りマスターさせるため、市販の問題集を活用し、中学3年間で一冊の問題集を繰り返し解いています。具体的には、まず、中学1年生の1年間をかけて全ての範囲を一通りやりきります。次に、中学2・3年生でも同じ問題集を用いて繰り返し解きます。そして、中学3年生の後半からは、漢検の問題集『漢字学習ステップ2級』を使用して、「漢検」対策に入っています。
3.「漢検」実施の効果
「漢検」は学習コンテンツとして非常に有効です。その詳細についてご説明します。
(1)漢字の総合的な理解が大学入試対策になる
「漢検」2級は、総合的な漢字能力・語彙力が身につきます。なぜなら、「漢検」の出題形式は「誤字訂正」や「部首」「四字熟語」「熟語の構成」など、多岐にわたっているからです。生徒はこのような出題形式の問題に取り組むことで、漢字を総合的に捉えられるようになっていきます。
一部の生徒には、「漢字なんて読みと書きだけできればいい」、「部首などは覚えなくても問題ない」という思い込みがあるようです。大学入試で求められる力とは、漢字を読み書きする力ではなく、文脈を理解できる語彙力、文脈の中で活用できる漢字能力です。私たちは、これらの力は漢字を総合的に理解することで飛躍的に向上すると考えています。故に、「漢検」の取り組みは当初、大学入試対策に入る準備として導入したものでしたが、結果としては直接的な大学入試対策になっています。
生徒は「漢検」2級に向けての学習を通して初めて知る語彙も多く、問題を解くことによっても語彙力を向上させています。また、副次的な効果として、生徒は新しい語彙が文中に出てきてもひるまないようになります。文中に知らない語彙が出てくると、生徒は自分には理解できない文章なのではないかと思いがちです。しかし、漢字を総合的に捉えることにより、新しい漢字語彙があってもそれを分解して意味を類推できるようになります。初めて見る文字や語句でも手がかりを見つけられる。そういう効果があるのです。このようなことは、入試の際の長文読解などでも有効であり、大学入試の漢字問題だけではない総合的な入試対策になっています。
(2)明確かつ高い目標設定は継続学習力となり、合格は大きな自信となる
まず、「漢検」に取り組むことで目標意識が高まります。「いったい何のために漢字学習をしているのだろうか?」という気持ちの生徒は多くいます。日常生活では、それ程高い漢字能力がなくても困らないですし、長文読解などの文脈の理解についても、「分かったつもり」になっていることが多く、その必要性を感じないからです。そのような生徒にとって、単純に漢字学習の到達目標を定めることは学習動機となり、漢字のような単純な反復訓練を継続して行えるようになります。
さらに、そのような継続学習の成果が、合格という形で実を結ぶと確固たる自信となります。授業で行っている毎週の小テストや定期テストには範囲があり、その範囲をきちんと学習すれば100点を取ることができます。事実、校内テストでは100点を取る生徒もいます。しかし、範囲が限定されているテストではそのテストを受ける瞬間の一時的な記憶からかもしれず、その力が本当に、自分の実力かどうかは本人にも分からないのです。故に、「漢検」のような社会的に流通性の高い検定試験で自分の力が測定され、その力が認められることは生徒の大きな自信に繋がるのです。
(3)学び方のステップUPのきっかけになる
「漢検」に取り組む中で、ただひたすら全てを暗記する学び方から、体系的な法則を導き出す学習方法にステップUPできます。生徒は、「漢検」を通して漢字にはルールや法則があることを知り、全てをただ暗記する必要がないことを学びます。これを理解すると、漢字学習も漢文学習もずいぶんと楽になります。
このことは、漢字や国語の領域に留まらず、自然科学や社会科学などにもあてはまります。大学で学ぶ学問や、実社会にもルールや法則がある。それを知るためにも漢字学習に興味を持って欲しいと考えています。
今の生徒たちは、漢字の意味や部首などを意識せず、「大体こんなシルエット」と「形」で文字を捉えるようになっています。漢字の構成にはルールがあり、それは一つのシステムであるとも言えます。特に、理系の生徒の方がそういう捉え方が得意のようです。故に、漢字の書き取りなどの反復訓練を苦手としていた理系の生徒ほど、「漢検」に挑戦して欲しいと思います。偏やつくりなどの漢字の構成や、成り立ち、部首などの体系的なルールを知ると、漢字についての理解は格段に深まります。
4.最近の生徒たちに感じている問題点
数年前の生徒たちと比較して、普段生徒たちが使用している語彙数は確実に減少しています。生徒たちは、理屈っぽい話や深淵なテーマの話題は意図的に避け、当り障りのない軽い話に終始しているように感じます。これは昨今の風潮でしょう。
また、全ての褒め言葉を「かわいい」という表現に集約してしまっている生徒がずいぶん多いように思います。自分で見て感じた結果を表現するのではなく、反射的に出るパターン化された言葉を使用するようになっている。「かわいい」という褒め言葉を生徒が使っている場面では、「それは素敵ってことじゃないの」とか、「きれいってことじゃないの」と、時々の感情や状態に適した表現があるということを伝えるようにしています。ひとりひとりが感じたものは少しずつ違うはずなのに、それを表現しようとしないし、また感じたことについて深く考えようともしません。このように日常会話の中でも、適切な表現を用いようとせずに決まった語彙だけで表現するようになってしまうと、当然、語彙力は低下してしまいます。また、パターン化された語彙だけで生活しているということは、いわば無思考状態になってしまっているということです。多くの生徒たちが陥ってしまっている無思考状態は、さらに語彙力の低下傾向に拍車をかけているように思われます。
抽象的な事象について考えたり、ある現象について深く思考しようとしたりすれば日常会話で使われるような簡単な語彙だけでは、すぐに行き詰まってしまいます。自分が何かを表現したり考えたりするときに活用している語彙は多いが、書ける漢字は少ないなどということはあり得ません。つまり、書けない漢字は定着していないということであり、定着していない漢字は使えないということなのです。日本語の語彙の大半は漢字なので、日本語においては語彙力=漢字能力といっても過言ではありません。故に漢字能力が低いということは、思考が浅く、物事を深く考えられていないということなのです。
生徒たちは、教科書や書籍などで目にしたことはあるけれども、自分の言葉として使ったことのない語彙が多くあるようです。小論文や作文などの自分の書く文章の中では使わないし、日常生活の会話の中でも気恥ずかしくて使わない。このような現状から、生徒たちに普段使わない言葉、特に抽象的なものや概念を表す言葉を使わせ、定着させることは非常に難しいと感じています。高校2年生くらいになり、大学入試対策として小論文を書くようになってから急にそのような語彙を使用し始めても、言葉だけが浮いてしまい、文章に馴染んでいないことが多くみられます。やはり、早期に語彙を増やし、自分の意見や主張を表現する際に積極的に使用させるようにしなければならないと考えています。
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