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基礎学力を考える 企業トップインタビュー

富士通株式会社

秋草 直之 氏

取締役相談役 秋草 直之 氏

1938年生まれ。1961年早稲田大学第一政治経済学部経済学科卒業後、同年富士通信機製造株式会社(1967年富士通株式会社に改称)に入社。システム本部長代理、常務取締役(兼)システム本部長、専務取締役(兼)関西営業本部長、専務取締役(兼)ソフト・サービス部門担当、代表取締役社長、代表取締役会長等を歴任後、2008年6月より現職。社外活動では、中央防災会議大規模水害対策に関する専門調査会座長、社団法人日本経済団体連合会 貿易投資委員会共同委員長、社団法人電子情報技術産業協会副会長、情報通信ネットワーク産業協会副会長、世界情報基盤委員会(GIIC)議長、日本実業団バドミントン連盟会長、Food Japan Network 代表幹事、等も務める。

1.最近の若い人を見て思うこと

 「最近の若い者は」という台詞は、いつの時代でも必ず耳にする嘆きのようです。古代エジプトのパピルスにも同じ言葉が書かれていたそうですから、これは人類にとって普遍的な嘆きなのかもしれません。それでも敢えて言わせていただくならば、最近の若い人たちの言動には気になる点が多々あります。

(1)様々な面での「軽さ」
 ここ数年で最も気になるのが「軽さ」です。
 まず「言葉が軽い」。ノリのよさばかりが目につき、発せられる言葉の一つひとつに重みがありません。語彙も貧困で、何でも「カワイイ」「イケテル」などの表現で済ませてしまいがちです。そんな彼らを見ていると、深い意味や重い事実を理解し伝達することは、とてもできそうにありません。これはつまり「思考が軽い」ことの現れではないでしょうか。原因・理由・背景などを深く掘り下げることなく、思いついたことをそのまま口にしてしまうからだと思います。そうしたノリのよさは態度にも現れており、「礼儀作法も軽い」のです。上司や顧客の前でも姿勢を正せない、上司や顧客と友達感覚で会話をする、などといった例も見受けられます。これらの帰結として、きちんとした「重みのある」文章も書けなくなっているのではないでしょうか。

 この「軽さ」の背景には、読書量の不足があると私は思います。人は読書を通じて漢字を覚え、語彙を増やし、思考力を培います。ですが、最近の若い人たちは本をほとんど読まないために、こうした力が育っていないのではないでしょうか。
 当然読んでいるはずの(少なくとも私の世代ではほぼ全員が読んでいた)歴史小説や文学作品を全く読んでいない新入社員もいて、当たり前のことが通じないことがあります。例えば歴史に関して言えば、近現代における世界の歴史変遷や各国関係・民族意識等の理解の欠如が著しいようです。国際社会で仕事をするビジネスパーソンがそのような状態であるとすれば、私は心配になります。例えば、ドイツ人とチームワークを組む場面では、彼らが「今度はイタリア抜きでアメリカに対抗しよう」というような冗談を飛ばすことが時々あります。これは、欧州におけるイタリア、特にローマが有史以来歴史的に果たしてきた役割・地位に関する認識や、ドイツが勃興した時代に関する認識、近代の日独伊三国同盟に関する認識といったものを頭に描けないと、何の冗談かさえも解りません。知的な冗談を理解できない人が重要な人物と思われることは少なく、ビジネスチャンスを逃してしまうことにもなりかねません。こうした教養や常識は、学校教育で習わずとも、日常、歴史小説などを読んでいれば身につくもので、その意味でも読書が大切だと私は考えます。
 当社の社員にも「自分が行いたいこと」を上手にプレゼンテーションする者は数多くいますが、彼らに「なぜそれを行いたいのか」と訊くと、答えられない場合が少なからずあります。これは「問題解決能力」や「課題形成能力」の不足から来るのではないかと思います。これらはビジネス社会において必要不可欠な能力ですが、社会に出てからすぐに身につけられるものではありません。だからこそ、小さい頃から読書に親しみ、「考える力」を養っておくことが大切なのです。

(2)「ひらめき」の少なさ
 二番目に気になっているのは、「ひらめき」のある若者が減ったことです。
 会社では「頭が良い」からといって、必ずしも「仕事ができる」とは限りません。名門と言われる大学を優秀な成績で卒業しても、会社では通用しない人もいます。製品開発の現場では、豊富な知識以上に「ひらめき」や「発想」が求められるからです。「ひらめき」や「発想」は、得た情報や知識を繋げることによって生み出されることも多々あります。つまり、知識と知識を結びつけ、体系化していく「知恵」が求められるのです。
 一流名門大学(院)出身の新入社員を見ていても、知識量が豊富なわりに、思考の道筋の付け方や繋ぎ方・紡ぎ方が弱く、点と点を結び、面にし、立体にして、斬新な課題を形成することが苦手と感じる場面も少なからずあります。言い換えると、単に物を多く知っているだけの「知識人」は「ひらめき」が乏しく、知を繋げ紡ぐ「知恵者」は「ひらめき」が豊富に湧く、ということではないでしょうか。

 この、「知識を紡いで知恵に変える」力を支えるのが、幅広い「教養」です。若者の「ひらめき」の少なさは、「教養」の不足に起因しているのではないでしょうか。そして、「教養」の幅を小さくしている要因の一つが、前述した読書量の少なさであると思います。
 さらに、体育会系のチーム活動の経験が減っていることも、もう一つの原因ではないでしょうか。体育会系のチームに所属した人の多くは、「メンバーがお互いの強みや課題を理解し合い、同じ目的と目標を見つめ、苦楽を共にしながら深い関係性を築き、奇蹟を起こしながら勝ち抜いてく」という体験をしているでしょう。この時のチーム力とは、メンバー個々の力の「和(足し算)」ではなく、相乗効果を発揮したことよる「積(掛け算)」のはずです。この「1と1が集まって3以上になる」体験こそ、「知識を紡いで知恵に変える」体験、即ち「ひらめき」の原体験となるのではないでしょうか。

2.富士通が求める人材像

 パソコンのソフトウェアの使い方等、実践ですぐに役立つスキルを入社前に身につけたがる人がいます。もちろん、そうした技能を習得しておく分に損はありませんが、企業は「How to」ばかりにこだわる人を欲しいとは思いません。そうしたスキルは、会社に入ってしまえば、日々の業務の中で身につけられるからです。
 当社が求めているのは、もっと基礎的・基本的・根本的な能力です。即ち、以下のような人材です。

・確固たる「読み書き計算」等の「基礎学力」を土台に、幅広い「教養」を身につけている人。
・「知識を紡いで知恵に変える力」を基盤とした「ひらめき」を持っている人。
・大局的な社会観や歴史観に根ざした「ワイルドな(野心的な)提案力」の素地を持っている人。

 「ワイルドな提案」とは、即ち「ブレイクスルーを起こしうる提案」のことです。これは、目の前の業務フローや商品・事業成績を見ているだけでは決して行えません。社会全体を俯瞰したり、歴史認識を持って社会や自社の未来を構想して初めて行える提案です。一般社員の時にはあまり必要ありませんが、部下やチームを率いるようになった後に確実に求められるのは、この「ワイルドな提案力」です。
 こういった人材を磨き上げていくために、当社では人事異動(人事シャッフル)を頻繁に行っています。このシャッフルという関門を通じても過半数以上の人がリーダー人材としてたくましく育っていくのは、当社が採用段階で前述した3つの要件をきちんと見極めているからだと自負しています。
 私のことで恐縮ですが、私が30歳くらいの頃、管理職昇格アセスメントの一環として、200ページに渡る提言論文を提出したことがあります。その中で私はある関連企業に着目し、様々なデータを引き合いに「清算すべき」との持論を展開しました。後日、実際にその会社は清算されました。今思えばかなり荒っぽい論文でしたが、大局的に時勢を見て、俯瞰的に自社グループの経営資源や強み弱みを熟考し、きちんとしたエビデンス(証拠・根拠)を積み重ねた上での提案であったため、自信を持って言明できました。「ワイルドな提案」だったと自負しています。

 企業の上役は、「リーダー」と「管理者」の2タイプに分類できると思います。「リーダー」タイプに成りうる人材には、社会全体を俯瞰したり、歴史認識を持って社会や自社の未来を構想する力、加えて人間としての誠実さなどが備わっています。一方で「管理者」タイプの人材は、自分が持つリソースを活用して目先の目標を達成することに重点をおきます。最終的に経営のトップや幹部にまで昇り詰めるのは「リーダー」タイプの人間で、そのために不可欠なものこそ、前述した「ワイルドな提案力」なのです。

3.「基礎学力」とは「ナレッジの幹」である

秋草 直之 氏 「基礎学力」とは、いわば「ナレッジの幹」であると考えています。日常の中で様々な知識や技能を吸収し、それらを体系化していくことで幹を作り上げるのです。その幹から伸びる「教養」という枝を通して、「知恵」という花が咲きます。幹なくして枝は伸びず、花も咲きません。そして、その幹が太く強いほど、しなやかな枝が伸び、美しい花が咲くのです。

 この「ナレッジの幹」としての「基礎学力」を太く強く育てるには、まずは読書量を増やすことが最も大切だと考えます。特に、歴史小説や純文学、歴史的名著などの「重みのある」本を読むことです。
 次に大切なのが、「直接体験」を増やすことです。世の中が便利になるにつれて自らの五感を働かせることが少なくなりました。例えば、コンビニエンスストアで食料品を買う際も、食べられるか否かの基準は「消費期限」や「賞味期限」の表記であり、自らの嗅覚や味覚を働かせて判断することはありません。「直接体験」によって五感をフル稼働させることで、初めて自分の脳で考えるようになります。吸収したことを体系化するプロセスにおいては「考え抜く」ことが必要ですが、「考え抜く」習慣を身につけるためには「直接体験」によって五感を刺激することが不可欠だと考えます。
 この「直接体験」を、身近なところで意図的に増やすことが必要なのではないでしょうか。例えば、環境問題について考える場合、地球温暖化のメカニズム等を学ぶことも重要ですが、それ以上に大切なのは身近な自然や生活環境に目を向け、自分にできることを実践することです。海外での植林活動のような大規模なボランティアを企画する企業も多いようですが、むしろ身近な活動を企業がサポートすることの方が効果的かもしれません。例えば、近隣の林の下草刈りや公園の清掃、水や電気の節約、あるいは食について考えるなら、近郊の農家で田植えを手伝ってみる、あるいは食材を調達してきて自ら調理するといったことなどです。
 これらの具体的な実践や行動が、「ナレッジの幹」を太く強く成長させていくのだと考えています。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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