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基礎学力を考える 企業トップインタビュー

株式会社大林組

白石 達 氏

代表取締役社長 白石 達 氏

1947年生まれ。1971年東京大学工学部建築学科卒業後、同年株式会社大林組入社。1978年7月~1980年7月イリノイ大学ビジネススクールに留学し、MBAを取得。米国勤務、IT戦略企画室長、常務取締役、専務執行役員東京建築事業部長などを経て、2007年より現職。

1.当社が求める「使命感」と「誇り」を持った人材 ~そのために問われる「基礎学力」~

 私たち建設業の使命とは何でしょうか。それは、「安心・安全・快適・便利を提供することによって社会貢献すること」に他なりません。私たちは、この考え方に共鳴できる「使命感」を持った人、もの造りの基幹産業に携わる「誇り」を持った人と、共に働きたいと願っています。
 どのような会社で働くにおいても、「自社がどのような社会課題解決に尽力していくべきか」を腑に落とすことが重要なポイントになります。ですが、この社会課題を想定し得るだけの「基礎学力」が無ければ、自分(自分たち)のやりたい(やるべき)仕事、すなわち「使命」を見出すことができません。あらゆる教科学習を通して「基礎学力」を身につけて、様々な角度から社会や自然を見つめ、自分が埋めたい社会の「穴」を考えられる土台を作っておくことが肝要です。文化・歴史・科学などの幅広い知見を身につけなければ、「社会のこの課題を解決すべく尽力しよう」という志を持つことはできないでしょう。志のない人は、「使命感」や「誇り」とも無縁であると思います。
 当社における新卒者の定着率は極めて高いですが、それは当社の社員一人ひとりが「使命感」と「誇り」を持ち自分の仕事に真正面から向き合っているからではないでしょうか。また、「日本の国土は世界の0.3%に過ぎないにもかかわらず、災害被災額は世界の17%を占める」というような基礎知識を持っていれば、建設業の「使命」の重さと、もの造りに携わる「誇り」も容易に理解できると思います。

2.当社が求める「チームワーク」のできる人材 ~そのために問われる「基礎学力」~

 特に建設業に求められるのが、社員の「チームワーク」です。災害復旧などの場面では、非常に短納期の突貫工事などの難局に立ち向かうことも少なくありません。そんな時こそ、まさに「チームワーク」がものを言います。
 例えば、1995年の阪神淡路大震災の時、倒壊した大丸神戸店さんの建物の復旧工事を当社がやらせていただくことになりました。通常ならば7ヶ月はかかる大工事でしたが、社員の「チームワーク」で、わずか1ヶ月でやり遂げたのです。そのことは、神戸の人々に勇気と希望を与え、神戸復興のシンボルと称されました。
 「チームワーク」を発揮するためには、メンバーの一人ひとりが幅広い「基礎学力」を身につけることで、社会観・歴史観・人間観などの「観」を培っていることが必要です。それがなければ、自分とは異なる価値観を持った人達を理解することができず、協働することはできないでしょう。それぞれの「観」を培う土台としての「基礎学力」を疎かにしてはいけません。
 自我意識が肥大化し、自分を中心に物事を考えている人には、「チームワーク」が上手くできないでしょう。自己を客観視したり相対化することができないので、全体における自分の役割を認識することができないからです。そうならないためにも、ぜひ体育系のチーム活動を経験してきて欲しいと思います。組織(チーム)の目的から自分の役割を想定し、自分の力や貢献を客観的に捉えるという絶好の機会です。また、「チームワーク」によって何事かを成し遂げたという体験と感動は、何物にも替えがたいものです。

3.「基礎学力」の中で最も大切なのは「読み書き」

 グローバリズムの進展でビジネス社会でも英語が多用され、カタカナ表記が目立つようになりました。私たち日本人は、横文字をそのままカタカナにした言葉を安易に用いていると、意味が曖昧なまま鵜呑みにして分かったつもりになったり、本来の意味の理解が浅くなったり、あるいは深く考えなくなってしまう恐れがあります。日本人である以上、頭の中の思考は日本語で行うわけですから、表意文字である漢字をもっと使うようにしたいものです。
 当社では、創業以来「三箴(さんしん、三つの戒めの意)」として、「良く速く廉く」という言葉を大切にしています。「廉く」は「安く」ではなく、敢えてこの漢字を使っています。それは、安っぽいのではなく、お客様にとってお買い得な価格であるという意味だからです。戒めの意味を正しく浸透させ、継承するためには、意味の含有率の高い漢字が相応しいと思います。

 建設業の基礎的能力である「図面を読む力、書く力」も、実は文脈を読み解く「読み書き」能力に負う部分が大きいと考えています。設計者の「意図」が封じ込められた図面から、その「思い」を文脈として正しく想像できるかどうかが問われるからです。
 また、仕事においては「よく聞き、よく調べ、よく考える」ことも大切ですが、これが出来るかどうかの分かれ目も「読み書き」能力の有無に負う部分が大きいと思います。物事を多面的に掘り下げていく時も、日本人であれば日本語の文脈で考えるわけですから、「読み書き」能力が低いとこれが出来ません。また、ITを駆使して情報検索する場面でも、検索結果をそのまま信用することなく、真の情報を如何に素早く見つけるかが重要になってきます。そのためには、問題意識を持って臨み、自分自身で論理的に考えて判断し、活用の仕方を決める必要があります。この論理的思考(事実・意見・根拠・反証等を漏れなくダブリなく考え抜くこと)も、当然日本語の語彙と文脈で行うわけですから、高い「読み書き」能力が求められることは言うまでもありません。

4.「基礎学力」の中で次に大切なのは「数学」~「大まかな数字で考えて話す習慣」は説得力の源泉~

白石 達 氏 「数字は苦手」という人も居るようですが、「大まかな数字で考えて話す習慣」はぜひとも身につけて欲しいと思います。それは、説得力の源泉だからです。
 例えば「国際的に日本経済の存在感が下がっている」と言うよりも、「1994年に世界の17.9%を占めていた日本のGDPが、2006年には9.1%になった」と言ったほうが説得力が増します。あるいは、「原油の値段が上がっている」というよりも、「1998年に1バレル10ドルだった原油は、2006年1月に50ドルを超え、2007年1月には100ドルを超えた」と説明すれば、急激に値上がりしている様子が伝わるでしょう。前述した、日本における災害被災額の高さも同様です。

 複雑で高度な「数学」の問題を解くためではなく、「大まかな数字で考えて話す習慣」の基盤として「数学」を学んでおくと、人生の強い武器となるでしょう。

5.「基礎学力」が支える「誠実なコミュニケーション」

 お客様や協力会社、チームの仲間の信頼を得るには、「誠実なコミュニケーション」を行うことが大変重要です。建設工事でも、多様な人々と関わりを持ち、調整を進め、各々の専門性をタイムリーに結集してこそ完成まで漕ぎ着けるのです。
 「誠実なコミュニケーション」の第一歩は相手を理解することですが、「誠実に一生懸命聴こう」と思うだけでは、それは行えません。多様な価値観、考え方、志向、嗜好等を理解できるだけの「基礎学力」が無ければ、相手の言っている意味や思いを正しく理解することができないからです。つまり、読み書き計算はもちろん、科学や歴史など、全ての「基礎学力」が「誠実なコミュニケーション」を支えているのです。
 お客様に対する「傾聴力」は特に大切です。お客様のほとんどは建設のプロではないわけですから、自分の意図や思いを専門的に説明することは難しいでしょう。当社の社員には、お客様の話を聞き、思いを慮り、その上で自分の意見を伝える能力が必要です。相手の方が背景として持っている心情・事情や文化・価値観等を推し量れるだけの「基礎学力」がものを言うのです。

6.「基礎学力」は社会に出てから必ず役立つ

 仕事においても、最初の2~3年は先輩社員を模倣して、繰返し行うことで基礎基本を身につける時期でしょう。「基礎学力」についても全く同じです。最初は模倣でも良いから、何度も反復して訓練することが大切だと思います。これまで述べてきたように、企業や社会でまず問われるのは「基礎学力」です。「基礎学力」は、社会に出てから必ず役に立ちます。とりわけ「読み書き(特に漢字力)」「数学」「理科」は確実に体得してきて欲しい領域です。
 また、「基礎学力」と並んで極めて大切なのが「意欲」です。「意欲」の源泉は、挫折と成功の体験でしょう。「意欲」溢れる人になるためにも、どんなことでも良いですから、少し高めの目標を設定し、挑戦し続けることを忘れないで欲しいと思います。

 かつて、大学の土木・建築学部といえば花形の人気学部でしたが、現在では必ずしもそうではないようです。ですが、建設の仕事は、成果がはっきりと形に残ります。仕事の醍醐味を体感できる、非常にダイナミックで魅力的な業界なのです。若い人が活躍できる場面はいくらでもあります。「基礎学力」に加えて、社会に貢献するという高い「使命感」と「誇り」、強い「意欲」を持って、可能性を試して欲しいと思います。


※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。

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