技術者が技術文書を書き残す意義
三菱電機株式会社
生産技術センター 企画部 専任
岩本猛 様
会社プロフィール
三菱電機株式会社
事業内容:重電システム、産業メカトロニクス、情報通信システム、電子デバイス、家庭電器などの製造・販売
代表者:漆間 啓
所在地:〒100-8310 東京都千代田区丸の内2-7-3 東京ビル
設立:1921年 1月
従業員数:35,136名(2022年度)
HP:https://www.mitsubishielectric.co.jp/
PROFILE
岩本 猛 様
家電から宇宙に至るまで、幅広い分野に三菱電機の技術力が宿る
三菱電機グループは、「たゆまぬ技術革新と限りない創造力により、活力とゆとりある社会の実現に貢献する」ことを企業理念とし、重電システム、産業メカトロニクス、情報通信システム、電子デバイス、家庭電器などの製造・販売を行っています。一般家庭で使われる冷蔵庫やエアコンといった家電から、宇宙を飛行する人工衛星まで、三菱電機の高度なノウハウと技術力は幅広い分野に活かされています。生産技術センターは、主に生産に必要な技術の開発や、製造・販売・保守サービスを行う各拠点からの要請に応じた技術支援を担っています。
技術を継承・発展させるための「記録」の重要性
技術者には新しい技術を生み出す責務があります。先行研究を参考にすることはあっても、先行研究と同じことを一からやっていると時間もお金も無駄になってしまいます。同時に、自らが生み出した新しい技術を「後世のために記録する」こともまた、技術者の大事な役目です。よく後進の技術者に話していますが、古代エジプト文明の文化が現代まで伝わっているのは、文字で記録が残されていたからです。社内でも、昔の製品や技術に関する情報を参照することがあり、参照したいときにその技術担当者がすでに退職していることは珍しくありません。その場合、手がかりになるのは当時の技術者が書き残した文書であり、その情報こそが新しい技術を生み出すヒントになるのです
つまり、技術が後世に伝わるように責任を持って記録することも、技術者の重大なミッションの一つなのです。口頭補足がなくとも文章だけで読み手に伝わるよう、正確に書き残すスキルが必要不可欠です。
査読委員に就任してから覚えた違和感
技術文書には、一般的な学術論文と同じく「査読」という過程があります。査読を通過するということは、その文書に生産技術センターとしてのお墨付きがあることを表します。私は数年前から査読委員を務めるようになりました。委員として多くの文書を読むようになってから、私がかつて生産技術センターにいた時代と比較して技術者の書く文章に違和感を覚え始めました。例えば、読み手が理解する上で必要な情報を適切に用いて伝えることができていないケースがあり、情報量に過不足が発生していることがあります。自分がやったことをすべて伝えないと、という意気込みから本来共有不要な情報まで事細かに書いてしまうと、文章が長くなりすぎて読み手にとって負担になってしまうことがあります。一方で、SNSの浸透が影響していると思いますが、説明が短く、言葉足らずで誤解を招いている場合もあります。また、口頭補足が必要な未完成の文書のままで提出してしまっていることもあります。例えばパワーポイントは口頭発表用の資料なので、その資料だけで読み手に意図を伝えるのは難しいといったようなことです。他のメーカーの方にもお話を伺ったところ、どうやらどこも同じような状況で、当社に限った話ではないということが分かり、改善に向けて動き出すことを決めました。
技術文書に関する「出前講座」を開講
手始めに学びの場として出前講座を開講し、私が講師をしています。対象はセンターの所員全員で、部署ごとに内容を変えながら少しずつ全体に行き渡るようにしています。講座は3部構成で、1部では技術文書を書く意義と書く際のルールを伝えています。技術文書の執筆を「決まりごとだから書きなさい」と命じられているような状態では、拒絶反応を示してしまいます。そこで、冒頭でお伝えした後世に書き残す意義をしっかりと説明し、「文章は読み手に伝わって初めて意味がある」と腹落ちをした状態で、自発的に学んでもらいたいと願っています。講座後にアンケートを実施したところ、「そういう意義があることは全然意識していなかった」「知ってモチベーションが上がった」という声が挙がりました。
2部では、一文一文を大切にしたり、推敲の重要性を伝えたりしています。有名なホラー作家のスティーブン・キング氏は書いた文章を6週間寝かされるそうですが、6週間後に読むとストーリーに大きな抜け穴を発見することがあるそうです。執筆を生業にしている方でもこんな状況だ、といった例を引き合いに出し、1日でもいいのでクールダウンして読むことなどを助言しています。
3部では、技術文書で必要な図表の作成の仕方などを伝えています。例えば、今はアプリ上で簡単に色を変えられ、この手軽さから色が多用されています。しかし、日本人男性の20人に1人(白人男性では10人に1人)の割合で、色を区別しづらい方がいらっしゃいます。このため、すべての人にとって「カラフル=わかりやすい」ではないということなども説明しています。
取り組み始めて1年半以上が経ち技術者たちの変化を感じ始めていますが、この取り組みが一定の成果をあげるには最低5年が必要と考えています。
そんな取り組みを始める傍ら、文章の質向上を専門に扱う研修の情報も探し始めました。出前講座のアンケートで「外部研修を受講したいか」という設問を追加してみたところ、多くの人が外部研修に関心を寄せていることがわかりました。論理的に組み立てられた文章を書くスキルは、技術文書はもちろん普段の業務にも活きるものだと考えています。外部の研修サービスを探し、漢検協会のコンテンツを導入することを決めました。
導入形態
研修の流れとしては、最初にアセスメントを受けて現在の実力を把握しました。次に、漢検協会の講師にセンターに来てもらい、セミナーを開催しました。時短勤務の方も出席できるよう、現地参加とオンライン参加のハイブリッドで実施しました。そのあとは、個人学習の期間を2カ月半程度設け、テキスト・eラーニングを使って自己研鑽に励んでもらいました。漢検協会のコンテンツは、こういった自主学習用の教材が充実していました。最後に、学習成果を発揮する場として2度目のアセスメントを受けてもらいました。
実施2カ月前の8月に大々的に声をかけ、受講者を募集しました。設けていた定員を上回る申込が来て、数人にはお断りをしました。
導入の決め手
漢検協会のコンテンツを選んだ理由の一つは、連動した検定(『文章読解・作成能力検定(文章検)』 )も希望すれば取得可能というところにあります(※)。公的資格にも繋がっているところが良いですね。
※編者注:アセスメント・テキスト・eラーニングは、文章検の級と対応しています(アセスメントのアドバンスレベルは文章検2級、ベーシックレベルは文章検3級)。取り組みの最後に受ける効果測定のためのアセスメントを文章検に置き換えるなど、資格取得を目指すケースも少なくありません。
内容についても、レベルが高いと思いました。添削サービスでないところも、当社にとっては大事なポイントでした。添削サービスだと、普段の業務、つまり自社の技術に関する情報を書いてしまう可能性があります。知的財産流出という事態にならないように、個別の答案を確認して担当者側で制御することは現実的ではありませんでした。その点、漢検協会のコンテンツで出題されているテーマは一般的なものなので、機密情報に該当する記述をされるリスクはなく、導入のハードルが低かったのです。
研修効果
学習前と後でアセスメントを2回受けるモデルを選びましたが、初回に対して2回目は点数がグンと上がっていました。まず、全体の平均点が17.5ポイント上がりました(伸び率12.4%)。また、文章検2級合格相当の基準は得点率7割ですが、その7割到達者が全体の77.0%になっていました。文章に関する学習は、実際に自分の能力が伸びているかどうかを確認することが難しい分野ですが、漢検協会のコンテンツではそれがはっきりと数値で可視化されます。やはり「伸びている」という実感が持てることは受講者自身の喜びになると思います。結果資料を通して、できている点・できていない点が明確に出てくるところも非常に良かったのではないかと思います。
受講者にも、すべての取り組み終了後にアンケートを実施しました。総合評価では5段階中およそ4と、良い評価でした。忙しい人ばかりなので、eラーニングやテキストは空いた時間に自分のペースで勉強できて良かったという声も多数挙がっています。
今後の予定
出前講座と併せて、漢検協会のコンテンツも5カ年で実施する予定です。せっかくの学びも気を緩めると元に戻っていってしまうものなので、継続的に実施していきたいと思っています。また、このセンターで実績を作り、ほかの組織にも広げられないか検討しています。
voice
受講者の方々の声
受講者のお二人からもお話を伺うことができました。
Aさん
仕事に必要なスキルについてまとまった勉強をする機会は、入社時の研修くらいしかありませんでした。時代が進むにつれて必要とされる能力やスキルはどんどんアップデートされていくと思います。現在は、論理的文章力が必要なスキルと感じているため、きちんと身につけておきたいと思い受講を希望しました。
今回の学習の中で、事実・意見・理由・反証を書き分けることを学びましたが、普段多くの場面で、これらを混同して表現していることに気づきました。例えば、日常会話で理由を聞かれたときの返答や、文章を書くシーンで、事実と意見の使い分けができていませんでした。これまでも意識していたつもりではありましたが、「もう一段階深く考えて整理しよう」という姿勢が、自分の中で定まりました。
Bさん
最近、議事録を書くという新しい仕事が増えました。私が実際に出席していない会議のレコーディングを聞いて、議事録を起こす業務です。起承転結がうまくできていない、主語と述語が一致していない、など基礎的な部分ができていないと感じており、今回良い機会だなと思って受講しました。
学習方法として会社ではeラーニングで学び、在宅の時はテキストで学習するというように、所在によって使う教材を変えていました。
議事録という文書の性質上、自分の意見を述べることは無いのですが、議事録を書く上での起承転結・文章構成はしっかり学べたと思っています。
※掲載内容(所属団体、役職名等)は取材時のものです。